理想的な呼吸として、まず最初に「腹式呼吸」を思い浮かべる方が多いと思います。
実際、「腹式呼吸」とは深い呼吸をするにはとても最適で、身体に良い影響を与えるとイメージされている方も多いでしょう。
また、「呼吸法」と、少し広く捉えた場合は古くはインドから伝わるヨガであったり、日本古来の武道でも取り入れられており、様々な種類があります。
それぞれの呼吸法には色々な特徴、メリットがあるかと思いますが、この記事ではあくまで、医学的、解剖学的、生体力学的な立場からみた理想的な呼吸をお伝えします。
努力の少ない呼吸が理想的
まず、最初に分かりやすく解説すると、理想的な呼吸とは、「楽に呼吸ができる」というのが大前提になります。これは当然と思われるかもしれませんが、実は、呼吸器疾患でなくても現代の多くは実はこの楽な呼吸とは程遠い呼吸をしている方がおられます。
そして、運動学的にいうと、実は呼吸には安静時呼吸と強制呼吸(努力呼吸)という2種類があるのです。
これについては別の記事(>理学療法士が教える、分かりやすい呼吸の筋活動)に詳細を解説していますが、簡単に説明すると、努力呼吸の方が沢山の筋肉が活動するため、楽ではないということです。
具体的には頸部周囲にある胸鎖乳突筋、肩甲挙筋、斜角筋、僧帽筋といった筋肉が努力呼吸の際に呼吸補助筋として活動します。
この努力呼吸は安静時呼吸とは異なる状態であり、本来は理想的な呼吸であればあるほど、呼吸補助筋の活動は少ないのが理想的です。
日々の生活において努力呼吸が必要な時には的確にできる必要がありますが、常に努力呼吸ばかりしていると頸部周囲にある胸鎖乳突筋、肩甲挙筋、斜角筋、僧帽筋といった筋肉が緊張して、いわゆる、頸や肩の凝りの原因になってしまうことがあります。
胸鎖乳突筋
僧帽筋
斜角筋
(解剖学アプリ アトラスより)
本来であればできる限りこれらの筋肉はリラックスし、必要な時、必要な分だけ、というのが望ましいところです。
そして頸部や肩周囲の呼吸補助筋が過剰な努力をしないためにも、本来の呼吸筋がしっかりと活動する、理想的な呼吸をする必要があります。
では、呼吸補助筋の活動が少なく、より楽で効率の良い、理想的な呼吸とはどういったものなのか、それをこれから解剖学や運動学的に解説したいと思います。
解剖学的に理想的で効率の良い呼吸とは
理想的な呼吸を解り易く言うと、
1.深くて、ゆったりとした呼吸
2.肋骨が十分に動いている呼吸
3.お腹だけが前方に膨れるのではなく、前後・左右に広がる呼吸
簡単に言うと、まずこの3つのポイントがあると思います。
では何故この3つなのか?
その理由を1つずつ解説したいと思います。
1.呼吸の深さについて
よく、呼吸が深い、浅いという話をしますが、私たちの呼吸は24時間、休むことなくしているので普段意識することがありません。
ただ、無意識的に呼吸は私たちの活動に密接に繋がっており、日々の日常生活の些細なことで、呼吸は深くなったり浅くなったりと変化しています。
そしてこの、「浅い呼吸」や「深い呼吸」というのは単純に呼吸の「早い」、「遅い」という意味だけでは少し理解が不十分なので、次のポイントを押さえておく必要があります。
例えば、呼吸が浅くなるということはどういうことかというと、1回の呼吸で交換できる酸素の量が少なく、効率が悪いということが言えます。
(解剖学アプリ アトラスより)
上の図を見てもらえれば分かるかと思いますが、肺は上部の方が小さく、下に行くほど広がっているのがわかるかと思います。
実はこれは肺の下側に空気を沢山取り込む方が、1度に沢山の酸素を取り込むことができるということを意味し、効率が良いということを意味します。
では、どうすれば肺の下側に空気を取り込み、深い呼吸ができるのか?
実はその方法を端的に示したのが、「理想的な呼吸」の残りの2つの理由です。
2.肋骨が十分に動く呼吸が大切
「呼吸筋の活動」の記事(>理学療法士が教える、分かりやすい呼吸の筋活動)でも書いたのですが、呼吸の主な筋肉で重要なのが上の図に示している、「横隔膜」と「外肋間筋」、「内肋間筋」ですね。
そこでよく図をみて欲しいのですがいずれの筋肉も肋骨についているのが分かるかと思います。
つまり単純に考えると、呼吸筋がしっかり働いているというのは肋骨がよく動く呼吸であるということが言えます。
よく、「深い呼吸=腹式呼吸」と思ってお腹を一生懸命膨らませている方がおられますが、その場合しっかり肋骨が動いていればいいのですが、お腹だけがペコペコ動いてもそれは必ずしも深く効率のいい呼吸をしていない可能性があるので注意が必要です。
では肋骨って、実際にはどうやって動いるのでしょうか。それが次に解説する3つ目の理由となります。
3.お腹だけが前方に膨れるのではなく、前後・左右に広がる呼吸
この図は肋骨の動きを横や上から、また正面から見て、その動きを解説したものです。
ご覧の通り、解り易く言うと私たちの胸郭は呼吸によって、上下・前後・左右と3次元に動いています。
つまり3Dに動いています。
そして、大切なのが、この図の一番右図の左右(特に下部胸郭)と書いている図です。
私たちの胸郭は下部の方にある程、左右に大きく動いているということを示した図です。
何故そうなのかというと、呼吸運動の主役である横隔膜が、肋骨の下側にドーム上についているからです。
そして、肋骨の関節の動きの特性上、下部胸郭が横に広がることで、この横隔膜が下方へ下がり、注射器でいうピストンを引くことにより、最も効率的に空気を肺に取り込むことができるようになります。
つまり、解剖学的には「深い呼吸=腹式呼吸」でイメージされるような、ただお腹が前方にポッコリと膨らむ呼吸ではないということを理解してください。
これは、私の著書「うつぶせ1分で健康になる」でもお伝えしているのですが、本当に理想的な呼吸とはこの肋骨がしっかりと動いているというのが大切です。
しかし、頸・肩コリや、腰痛がある方の呼吸を観察していると、肋骨は全く動かさずにお腹だけが動く呼吸をしている方が多く存在し、その中の何人かに一人は、「腹式呼吸を意識しています」と答える方がいらっしゃいます。
もちろん、呼吸法の中にはそのようなものが存在するかもしれませんし、その呼吸法の良い悪いの判断をするつもりはないのですが、是非、知っていただきたいのは、解剖学的・運動学的・生体力学的に、呼吸運動というのは、肋骨が動くのが大前提であるということを理解する必要があります。
もちろん、お腹が動くのはNGではありませんが、肋骨が動かない呼吸をしているのは、やはり非効率であるといえます。
実際、肋骨には50以上の可動する関節が存在し、赤ちゃんの呼吸をみても、本当にダイナミックに動いています。
特に赤ちゃんが泣くことはこの呼吸機能の発達に関与するともいわれています。
また、人間が生きている限り呼吸をしていますが、その呼吸に関わる肋骨の関節をいつも動かしているということは、その周辺の筋肉も常に動かしているということを意味します。
一方で肋骨が固くて動かないということは、その周辺にある筋肉を常に固めているということを意味し、これがいわゆる、肩こりや、背中の痛み、あるいは腰痛といった症状を引き起こしている場合があります。
せっかく、胸郭には50以上の関節があり、肋骨がダイナミックに動く構造なので、この肋骨がしっかり動く呼吸をする方が効率がよく理にかなっているといえます。
さて、あなたの呼吸は今、どんな呼吸でしょうか?どこが動いていますか?お腹だけが動いているか、肋骨が動いていますか?
是非一度、自分の胸に手を当てて肋骨の動きを感じてみてほしいと思います。
尚、私の提供するピラティスのレッスンの体験者はまずこの呼吸を認識してもらうところからスタートします。
本来の呼吸、理想的な呼吸を是非、一人でも多くの方に知っていただけたらと思っています。
今回、このことを初めて知った、という方はまずは、ご自身の呼吸の認識から始めてみてください。
また、よく分からない、、、という方はサロンに来て下さい。
あるいは私のこの画像が参考になれば幸いです。動画はうつぶせに関する動画ですが呼吸と肋骨について解説しています。
まとめ
ここまで、医学的、解剖学的、生体力学的にみた理想的な呼吸について解説してきましたが、いかにまとめてみます。
理想的な呼吸を理解するための3つのポイント
1.深くて、ゆったりとした呼吸
呼吸の深さは、ただ、ゆったりするという速さだけの問題ではなく、より肺下部に空気を取り込むことが重要
2.肋骨が十分に動いている呼吸
呼吸の中でも主役である横隔膜や肋間筋は肋骨についているので、お腹だけが前後するようないわゆる見た目だけでの腹式呼吸ではなく、肋骨全体が動いている3D呼吸が理想的である。
3.お腹だけが前方に膨れるのではなく、前後・左右に広がる呼吸
特に胸郭の下部では胸郭が左右に広がるのがもっとも効率よく下部胸郭に空気を取り込むことができる。2でも伝えたように、お腹が前後にだけ動くのではなく、下部の肋骨が左右、場合によっては後ろにも広がる、より立体的な呼吸が理想であり、その時に容量の大きい、下部の肺に空気が入ることとなり、深い呼吸となる。
以上の3つでした。少し難しかったかもしれませんが理解できましたでしょうか?
この理想的な呼吸をすることで、呼吸補助筋の不要な緊張を軽減することができれば、より多くの恩恵(メリット)を得ることになります。
その詳細についてはコチラの記事を参照してください。
尚、その他呼吸に関する動画を下記のようにYouTubeにもアップしています。
参考になれば幸いです。
それでは最後までお読み頂きありがとうございました。
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